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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)2121号 判決

原告 油糧砂糖配給公団

被告 株式会社長岡地区農工公社 外一七名

主文

1  被告株式会社長岡地区農工公社は、原告に対し、金八五万九一七八円とこれに対する昭和二六年七月二一日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員とを支払え。

2  被告戸田文司および同小野田盛次は、原告に対し各自金八五万九一七八円とこれに対する昭和二七年四月一五日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員とを支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用のうち、原告と被告株式会社長岡地区農工公社、同戸田文司および同小野田盛次との間に生じた分は同被告らの平等負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じた分は原告の負担とする。

5  この判決は、原告が敗訴の各被告に対し各一五万円の担保を供するときは、第一項および第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨と「被告株式会社長岡地区農工公社(以下「被告会社」という。)を除く被告ら一七名は、原告に対し、各自金八五万九一七八円とこれに対する昭和二七年四月一五日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員とを支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めると申し立て、その請求の原因として「(一)被告会社は、かねて原告の委託にもとづいて、原告の所有にかかる大豆原油五二六三、五キログラムを業務上保管していたが、昭和二五年一一月頃ほしいままにこれを他に売却して、原告の右原油に対する所有権を喪失せしめたので、右原油の当時の価額金八五万九一七八円に相当する損害を原告にあたえた。よつて、原告は、被告会社に対し、不法行為による損害賠償として右損害金八五万九一七八円とこれに対する右損害発生時の後である昭和二六年七月二一日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。(二)被告戸田文司、同小野由盛次、同本多市郎、同宮崎善吉、同吉沢仁太郎、同清沢俊英、同江畑長一郎、同清水武治、同安井文衛、同結城権兵衛、同土田正治および同西山義一は取締役として、被告土田恭一、同中村岩四郎、同鈴木栄次郎、同古川茂一郎および同難波一雄は監査役として、当時被告会社の役員に在職していたのであるが被告会社の右不法行為につき共謀のうえ、直接に加工したものであり、かりにそうでないとしても、他の役員の不法処分を拱手傍観して放置したことにより間接に加工したものというべきであるから、いわゆる法令に違反する行為をしたものとして、原告に対し、連帯して右損害を賠償する責に任じなければならない。よつて、原告は被告らに対し、各自金八五万九一七八円とこれに対する本件訴状送達の日の後である昭和二七年四月一五日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。(三)(予備的請求)被告小野田は、取締役であるが、代表権なく、代表取締役社長である被告戸田の指揮監督の下において被告会社の日常業務の処理等に従事する被用者たる地位にあるものであるが、その業務上保管中の本件原油をほしいままに被告会社のために売却処分して前記損害を原告にこうむらしめたものである。また、被告戸田は、被告会社の代表取締役として、被告会社のためにその事業を監督する者であるから、民法七一五条二項の規定に従い、被告会社の被用者である被告小野田が被告会社の事業の執行として本件原油を売却処分しそれにより原告に加えた右損害を賠償する義務がある。よつて、原告は、被告戸田および同小野田に対し、同被告ら両名の原告に対するいわゆる不真正連帯債務として、金八五万九一七八円とこれに対する右損害発生時の後である昭和二七年四月一五日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。」と述べ、立証として、甲第一号証から第五号証までを提出し証人松本一芳、同吉田良司、同高野登、同佐久間勝平および同山崎甚蔵の各証言並びに被告会社代表者兼被告戸田文司、被告小野田盛次、同本多史郎、同宮崎善吉、同吉沢仁太郎、同江畑長一郎、同清水武治、同土田正治、同西山義一、同土田恭一、同中村岩四郎、同鈴木栄次郎、同古川茂一郎および同難波一雄の各本人訊問の結果を援用し、乙各号証の成立を認めた。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「請求原因(一)のうち、被告会社が昭和二五年一一月頃すでに原告の委託にもとづいて原告の所有にかかる大豆原油五二六三・五キログラムを保管していたことは認めるが、その余の事実は否認する。もつとも、被告会社が右大豆原油を他に売却したことは認めるが、これは、被告会社が昭和二六年一月二四日原告から右大豆原油の払下を受けた後の処分行為である。右払下代金八五万九一七八円は未払であるから、原告が被告会社に対しその債務不履行の責を問うはともかく、その主張するような不法行為責任を云為する余地はない。請求原因(二)のうち、被告古川茂一郎以外の被告らが原告主張の右売却処分当時被告会社において原告の主張のとおりそれぞれ取締役又は監査役の職にあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)のうち、被告戸田が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の点を争う。」と述べ、立証として、乙第一号証および第二号証を提出し、甲第一号証から第四号証までの各成立を認め、同第五号証の成立について認否をしなかつた。

理由

一  被告会社が昭和二五年一一月頃すでに原告の委託にもとづいて原告の所有にかかる大豆原油五二六三・五キログラムを業務上保管していたことおよび被告会社が右原油を他に売却した(当時の所有権帰属関係は別として)ことは当事者間に争のないところであるが、右事実に成立に争のない甲第二号証ないし第四号証、証人吉田良司の証言を考えあわせると、被告会社においては、おそくとも昭和二六年一月末その保管にかかる右原油をその所有者である原告に無断で他に売却処分した事実を認めることができる。

被告らは、被告会社の右売却処分は、すでに原告の被告会社に対する払下処分のあつた後のことであつて、権限にもとづく処分である旨主張し、成立に争のない乙第一号証、第二号証、証人吉田、同佐久間勝平の各証言をあわせ考えると、原告公団油糧関東支部新潟支所長佐久間勝平は、原告公団本部経理部管理課長吉田良司の指示にしたがつて、昭和二六年一月二四日付をもつて、被告に対し、大豆原油五二六三キログラムの売却代金八五万九一七八円を同年三月三一日までに原告に払い込むべき旨の各書面(乙第一号証および第二号証)を発付した事実が認められ、いかにも右主張を裏づけるかのようにみえるけれども、ひるがえつて、証人吉田の証言によれば原告公団は、昭和二五年一二月頃にいたりその解散時期を昭和二六年三月末日に予定して、はやくも事実上の清算事務処理の段階に入つていたのであるが、被告会社と同じように原告公団の委託を受けて原油を保管していた業者のなかには、公団の解散をみこしてその保管にかかる原告所有の油糧等をかつてに費消したり、売却したりなどした事例が全国的にみてかなりの数にのぼつていて、ふだんならば、とうてい刑事上の責任の追及を免れないところであつたが、公団の解散をひかえ、将来の清算事務を迅速かつ円滑に結了させるための考慮から、そのような業者において処分にかかる油糧等の価格相当額の支払をしさえすれば、その名目の如何にかかわらず、穏便に取り計らうこととし、そのためには、あたかも、原告公団からその業者に対し問題の油糧等の払下処分がなされ、かつ、その代金の請求および払込がなされたかのように事務処理上の形式をととのえるという方針でのぞんだこと、そこで、被告会社の本件原油の前記処分に対しても、そうした事務上の処理形式をつくるつもりで、さきに認定したように、前記乙号各証の書面の発付をみるにいたつたことがうかゞわれるから、同号各証の記載面自体では、被告会社の本件原油の売却処分が原告の意思に反しかつてになされたものであるという認定を左右するに足りない。

また、証人高野登の証言並びに被告会社代表者兼被告戸田文司、被告小野田盛次および同吉沢仁太郎の各本人訊問の結果中被告の右主張に符合する部分は、前記甲号証の記載および証人吉田の証言にてらして、たやすくこれを信用するわけにいかない。

かように認められるから、特別の事情のない限り、被告会社の業務執行機関は、被告会社が保管する原告所有の本件原油を原告の意思に反し、かつてに他に売却処分したことにつき故意又は過失があつたものと断じなければならない。

そうして、原告が被告会社の右売却処分によつて本件原油の所有権を喪失したことは、証人高野の証言により認められる売却処分の性質上、格別の事情のない限り、当然に認めうるところであり、証人吉田、同松本一芳の各証言をあわせると、本件原油の右所有権喪失当時の交換価格が金八五万九一七八円であることが認められるから、けつきよく原告が右所有権喪失によつてこうむつた損害は金八五万九一七八円相当であるということができる。

そうすると、被告会社は、不法行為にもとずく損害賠償として、原告に対し、金八五万九一七八円を支払う義務があるものといわなければならず、また、右損害はおそくともすでにふれた昭和二六年一月末の処分の時に生じたとみとめるべきであるから、原告は、被告会社に対し、右金八五万九一七八円とこれに対する右損害発生時の後である昭和二六年七月二一日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求めることができるわけであつて、これに関する原告の請求は正当として認容すべきである。

二  被告古川茂一郎を除く被告らが前項認定の被告会社の不法行為当時原告主張のとおり被告会社の取締役または監査役の職にあつたことは当事者間に争がないが、被告古川茂一郎、同小野田の各本人訊問の結果によれば、被告古川茂一郎が被告会社の監査役就任を承諾して、当時その職にあつてことはとても認めることができない。したがつて、原告の被告古川に対する請求は、まずこの点で理由を欠くものであるから棄却を免れない。

ついで、成立に争のない甲第一号証ないし第四号証、証人高野登の証言並びに被告会社代表者兼被告戸田文司、被告小野田盛次、同本多史郎、同宮崎善吉、同吉沢仁太郎、同江畑長一郎、同清水武治、同土田正治、同西山義一、同土田恭一、同中村岩四郎、同鈴木栄次郎、同古川茂一郎、同難波一雄の各本人訊問の結果をあわせ考えると、被告戸田は、被告会社の代表取締役社長でありながら、その業務執行については、被告会社の発足当時から会社事務一般の処理にたずさわつて明るい被告小野田にこれを一任し、終始同被告のするがままに放任して殆んど顧みるところがなかつたし、その余の役員である被告らにいたつては、年一、二回の役員会議に出席することさえ常ならない状態であつて、いずれも本件原油の処分に関与するところがなかつたこと、被告小野田は、取締役としては、常務取締役または専務取締役と称せられていたが、もとより外部に対し被告会社を代表したり、または内部関係において会社の業務を執行したりする代表取締役の地位は与えられず、もつぱら代表取締役社長である被告戸田の指揮監督の下同職の名において高野登および梁取俊男らを指図して会社の事務一般の処理に従事していた者であるにすぎないのに、右社長戸田等の放任に狎れて独断専行に走ることが多く本件原油の処分もまたその専断に出た所為であることが認められるけれども、ほかにその他の被告らが被告会社の前記不法行為につき被告小野田とともに共謀のうえ直接または間接に加担した事実を認めるに足るような証拠はない。もつとも、被告らの取締役または監査役としての任務遂行において十分の注意をつくさず、被告会社の被用者である被告小野田のなすがままに放置して顧みなかつたもののあることは、被告らの各本人訊問の結果によつて認められるところであるから、いわゆる忠実義務懈怠の批難に値することがなくもないが、これは、まつたく被告会社と役員である被告らとの間のことであつて、そのためになんらかかわりのない被告小野田の右所為によつて会社が第三者に加えた損害について、当時施行中の昭和二五年法律一六七号による改正前の商法二六六条二項の規定(同法二八〇条において準用する場合を含む。)にもとづき、被告らが損害賠償の責に任ずべきいわれはない。

したがつて、原告の被告戸田に対する一次的請求および同被告および被告古川を除く被告ら一五名に対する各請求は、いずれも理由がないから棄却すべきである。

三  そこで、原告の予備的請求について考察するに、被告小野田は前認定のとおり、被告会社において取締役として常務取締役または専務取締役と呼称されてはいたが、対外的に会社を代表し、対内的に業務を執行する代表取締役の権限を与えられていたものではなく、専ら代表取締役戸田の指揮監督の下、その命をうけて他の職員を指揮する立場にあつたものにすぎないから、この面では、被告会社の被用者であつたものというべく、被告会社の不法行為は、このような地位にあつた被告小野田において会社が保管する原告所有の本件原油をかつてに会社のために売却処分した所為に外ならないこと明白であるから、ここに被告小野田は、被告会社と並んで原告に対し不法行為の責を負わなければならないものであるという外はない。

また、被告戸田が被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争のないところであるから、同被告は、原告主張のとおり、民法七一五条二項にいう被告会社に代つてその事業を監督する者に該るといわなければならない。

そうすると、特別の主張および立証がない限り被告戸田は民法七一五条二項の規定によりいわゆる被告会社の代理監督者として、その被用者である被告小野田が被告会社の事業の執行につき原告に加えた前記損害を同被告とともに賠償すべき責に任じなければならない。

されば、被告戸田および同小野田に対し各自金八五万九一七八円とこれに対する本件損害発生時の後である昭和二七年四月一五日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める原告の予備的請求は、正当として認容すべきである。

四  よつて、訴訟費用のうち、原告と被告会社、同戸田および同小野田との間に生じた部分につき民訴八九条、九三条一項本文の規定を適用してこれを同被告らの平等負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じた部分につき同八九条の規定を適用してこれをすべて原告の負担とし、仮執行の宣言につき同一九六条一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 水沢武人 中川幹郎)

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